「明治の冒険科学者たち」書評　 未開の台湾で奮闘した日本人科学者たち

　台湾を訪れると、私たちが学校で習ったことのない日本人の名前を歴史的な観光地で目にすることがよくあります。彼らは技術者、学者、商人、開拓者として、明治時代から戦前にかけて台湾に渡り、その発展に大きく貢献しました。

 背景には、日清戦争（1894～1895年）後、日本が清国から台湾を割譲され、新たに獲得したこの土地を経済的に自立した領土として発展させる方針をとったことがあります。日本政府は台湾のインフラ整備や農業・産業の振興を積極的に推進し、多くの日本人が現地に渡りました。

　特に有名なのは、嘉南平原に大規模な灌漑施設「烏山頭ダム」を建設した八田與一（はった よいち）ですが、私が台湾に来た頃はその名前すら知りませんでした。今でも日本ではそれほど知られていないかもしれません。

　2022年大分県別府市で起きた大学生死亡ひき逃げ事件で指名手配されている人物とは別人。

　本書『明治の冒険科学者たち──新天地・台湾にかけた夢』では、明治時代に台湾で活躍した三人の科学者──伊能嘉矩、田代安定、森丑之助──の生涯が紹介されています。彼らはそれぞれ異なる分野で台湾の調査・研究を行い、その業績は今なお評価されるべきものですが、その名は次第に忘れられつつあります。

未開の地・台湾での挑戦　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　明治時代の台湾は、日本にとってまさに未開の地でした。熱帯特有の疫病が蔓延し、マラリアやコレラが日本人移住者の命を脅かしました。また、台湾にはすでに多くの漢民族（主に客家人や福建系移民）が住んでいましたが、山岳地帯には高山族（現在の台湾原住民族）が独自の文化を維持して暮らしていました。

　日本政府は台湾全土の統治を目指しましたが、山岳地帯の原住民たちは簡単には服従せず、日本軍や日本人入植者に対して武力で抵抗しました。当時、原住民には「出草（しゅっそう）」と呼ばれる首狩りの風習がありました。これは単なる殺害行為ではなく、勇気や戦士としての誇りを示し、部族の繁栄を願う儀式でもありました。

　清朝統治下の台湾でも、漢民族と原住民の間では衝突が頻繁に起こり、原住民は領土を守るために首狩りを行っていました。清朝は原住民地域を「化外の地（統治の及ばない地域）」として放置していたため、実質的な支配が及ばず、日本が統治を開始した後も、この風習が続いていました。山岳地帯へ調査に入った日本人科学者たちは、こうした危険と常に隣り合わせでした。

科学者たちの情熱と功績

　伊能嘉矩は、台湾の民族学研究の第一人者として原住民の生活や文化を詳しく記録しました。彼の研究は、台湾の人類学・民族学の基礎を築くものであり、現在でも貴重な資料として評価されています。

　田代安定は、台湾の植物学・博物学の分野で活躍し、多くの新種を発見・記録しました。台湾の豊かな生態系を科学的に分析し、その価値を広めることに貢献しました。

　森丑之助は、台湾の動物学研究に尽力し、昆虫や鳥類の標本を収集しました。彼の功績により、台湾の生物多様性が広く知られるようになりました。

　彼らの共通点は、困難な環境の中でも台湾の未知の世界を解明しようとする探究心と情熱を持ち続けたことです。疫病の脅威や原住民の襲撃というリスクを抱えながらも、台湾の自然と人々を深く理解しようとした姿勢には、驚嘆するばかりです。

九族文化村で感じた台湾の多様性

　先日、旧正月休みを利用して、台湾の南投県にある「九族文化村」を訪れました。ここは台湾原住民の文化をテーマにしたパークで、伝統的な建築や工芸品の展示、パフォーマンスショーなどが行われています。

　この施設を訪れて改めて驚いたのは、原住民の顔立ちが、普段見慣れている漢民族系の台湾人とは大きく異なることです。彼らの容姿は東南アジアやポリネシア系に近く、まるで南国の島にいるような気分になりました。台湾の北部に住んでいる私にとって、原住民と接する機会はほとんどないため、新鮮な体験でした。

　また、来園者の半数以上が、台湾で働く東南アジア出身の労働者だったのも印象的でした。台湾には今、多くの外国人労働者が住んでおり、原住民の文化とも混じり合って独特の多文化社会を形成しています。九族文化村は、そんな台湾の多様性を実感できる場所でした。

まとめ

　『明治の冒険科学者たち──新天地・台湾にかけた夢』は、台湾での科学者たちの奮闘を知るうえで非常に貴重な一冊です。明治の時代に台湾の奥深くまで踏み込み、未知の世界を研究し続けた日本人科学者の勇気と行動力には、ただただ驚かされるばかりです。

　台湾に興味がある人、歴史に関心がある人にはぜひ読んでほしい一冊です。そして、彼らの足跡を追いながら、台湾の文化や歴史に触れてみるのも面白いかもしれません。

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場所: 台湾 基隆市

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